この照らす日月の下は……
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艦内が緊張で満ちていく。
「……大丈夫なのかな?」
トールが不安そうにそうつぶやいた。
「心配するな。お前達は表に出る必要はない。連中もここまでは来ないはずだ──普通ならな」
カナードはそう言い返す。
「だといいけど」
フレイがため息とともにそうはき出した。
「でも、あの子はいなくなっちゃうのよね」
本当は喜ばないといけないのだろうが、と彼女は付け加える。でも、寂しいものは寂しいのだと口にした。
「でも、あの子にもあっちで待っている方がいるんでしょうし」
「お父様がいらっしゃるよ。お母様は数年前になくなられてる」
「あの子も私と同じなんだ」
フレイの言葉にサイとミリアリアが両側から彼女の肩に手を置いた。
「すごくきれいな声で歌を歌う方だったよ」
一度だけ生で聞いたことがあるけど、とキラはほほえむ。
「でも、ラクスの歌も好きだな、僕」
その言葉に友人達はみんなうなずいた。
「あの子の歌は本当にきれいよね」
「あれで子守歌を歌われたときには本気で寝たしな」
トールの言葉にミリアリアの視線が厳しくなる。
「それはあなただけよ」
その表情のままつぶやかれた言葉にトールが慌てていいわけをし始めた。
「大丈夫だよ。オーブならプラントともメールのやりとりはできるから」
きっとみんなにならアドレスを教えてくれるよ、と雰囲気を変えるためにキラは言う。
「後は……きっとミナ様とギナ様達がなんとかしてくれるよ」
他力本願かもしれないが、それ以外に言うべき言葉が見つからなかった。
「そうだな。難しいことはみんなあちらに押しつけてしまえばいい。お前達は平和になった後のことを考えておけ」
だが、カナードもそんなキラの言葉に同意をしてくれる。
「ザフトの連中は居住区には来ない。来たとしても、ソウキス達がお前達には手出しさせないから安心しろ」
ただ、と彼は続けた。
「状況次第ではキラも交渉の場に出てもらわなければいけない。馬鹿よけにギナ様の婚約者候補と言うことになっている」
キラもそうだが、キナも余計な虫がついては困る存在だ。その言葉にサイが首をひねる。
「ミナ様はいいんですか?」
「あの方はすでに婚約者がいることになっている」
名目上だが、とカナードは笑う。
「それは知りませんでした」
「相手が表に出てこないからと言うのと、必要な式典のパートナーはギナ様がつとめているからだろうな」
着飾ると二人とも人目を引く。二人そろえばなおさらだ。その間に割り込める人間がいるのかとカナードですら考えたことがあると言っていた。
「まぁ、キラなら誰も文句を言わないだろうが……」
あの双子がキラをかわいがっていたことは公然の秘密だから、とカナードは続ける。
「そう、なの?」
「安心しろ。お前の顔は表に出ていない。ただ、ギナ様があちらこちらでのろけていたことと、ミナ様が自慢していただけだ」
「それのどこが安心できるの!」
キラのこの問いかけに答えを返してくれる者は誰もいなかった。
しばらくしてカガリが戻ってきた。
「……カガリ」
そんな彼女をキラは座りきった目で見つめる。
「どうしたんだ、キラ」
そんなキラの様子に気圧されたかのような表情でカガリが聞き返す。
「どうしてあのお二人を止めてくれなかったの!」
自分が知らないところでいったいどんな噂が流れているのか。キラはそう叫ぶ。
「……あぁ。あれか」
それにしばらく考え込んだ後、カガリはようやく思い当たったというようにうなずく。
「安心しろ。名前も年齢も出ていない。ただ、あの二人にとってお前がどれだけ大切な存在か、それを伝えていただけだ」
ギナの虫除け代わりに、と彼女は笑う。
「あの方のあの性格を知っても、玉の輿と言い出す馬鹿が少なくなくてな」
自分にも話は来ているが、年齢的なことを盾にごまかしている。ミナはミナで適当な婚約者をでっち上げているし、とカガリは付け加えた。
「だから、まぁ、安心しろ。ギナ様のセリフはだいたい『あれがかわいくて困る』だからな」
この言葉にキラも少しは落ち着いてくる。
「……それって、昔からのあれ?」
「少しグレードアップしているが、そういうことだ」
それでも勝手に勘ぐってくれるのがあちらだ、とカガリは付け加えた。
「あぁ、そうね。そういうものよね」
意外なことにそれに同意をしたのはフレイである。
「そこまでされれば、確かに関係あると思うだろうな」
さらにサイもうなずいた。
「ミナ様も否定されないなら余計に」
つまり、彼もその場面に出くわしたことがあるというのだろうか。
「でも、それがキラのことだとは思わなかったな。もう少し年長の女性だとばかり思ってたよ」
ギナの年齢が年齢だから、とサイは続ける。
「今回はそれがプラスに働きそうだがな」
カガリの言葉の意味がわからない。
「なぜ?」
「ラクスに言われたんだ。第二世代同士だと子供ができる確率が下がるんだろう? だから、第一世代の女性を狙っているやつがいるらしいって」
強引に移住を勧められる可能性がある。しかし、ギナの婚約者ならサハクの名を盾に突っぱねられるだろう。
カガリの言葉には納得できる。
「でも、やっぱり恥ずかしい」
そういう彼女に周囲は誰もが優しい視線を向けた。同時に、そんなキラにつけ込む人間がいたら許さないと女性陣が考えていたことも否定しない。
だが、それがフラグだったと彼女たちが気づいたのはザフトからの使者が来た後だった。